8月2013

はじまり 4/4 アテナに呼ばれて
The Beginning 4/4 Called by Athens

雑穀と出会ったのはその3年後です。

 

25年ぶりにアクロポリスに立った私は、

すべてを思い出しました。

 

私が、穀物の復権を願う地球の声をキャッチしたのは

ここアクロポリスの丘で、

 

女神アテナを通してだったことを

ハッキリ思い出しました。
キビ畑
スリランカからピースボートに講師として乗って

ピレウス港に着いた私は、

2日という短い上陸時間を一番近い島、

サラミス島に渡ってのんびり過ごすつもりでした。

 

それが、なぜか

アクロポリス観光をする流れになっていました。

 

ああ、豊穣の女神アテナが呼んでいたんだ。

あれからもう25年の歳月が流れていたんだ。

 

アテナを通して新しいメッセージと新しいエネルギーを受け取る。

ああ、そのために私は今年ピースボートに乗ったのか。

 

「穀物は、私の体である大地のエネルギーを

凝縮して湧き出す私のおっぱいです。」

 

「私とつながり直すために、雑穀を食べなさい!」

 

「雑穀の種を蒔きなさい!」

 

私が25年前に、ギリシャの地でアテナを通して

潜在意識に受け取ったメッセージです。

 

地球の叫びは、私の無意識に着実に働きかけ、

その後、私の暮らしは急旋回し始めました。

 

アテナのメッセージを受けて3年後の1982年、

私は、導かれるように

雑穀の衝撃的なおいしさとの出会いを果たしました。

 

 

雑穀研究会の井上直人先生(信州大学農学部教授)からの情報です。
ヨーロッパ各地では,大概のスーパーで
キビと粒ソバが売られているそうです。

はじまり 3/4 キラキラとここにいる私
The Beginning 3/4 I Am Sparkling Here.

「一度きりの限りある人生なら、何も恐れずに

私が私として生きる道を探して、思いっきり生きよう!」

 

自分の頭と心を白紙にするために旅に出ようと思い、

アテネ着デンマーク発2ヶ月有効のディスカウントチケットを

手に入れました。

 

ギリシャに着いたら、なんだか居心地が良くて、

それから1ヶ月もアテネの街をふらついたり

エーゲ海の島々を連絡船でまわったりして過ごしました。

 

異邦人である私は何の責任もなく、

人の目を気にすることもなく、

ただただ、ここにいることを楽しみました。

 

風のように毎日キラキラと

ただ、そこにいることを楽しんでいました。

 

誰の目も気にしない、初めての気分でした。

 
ギリシャ海
 

そして、パルテノン神殿を観光気分で

訪れたのです。

 

 

タンクトップに短パンをはき

サングラスをしたカーリーヘアの私は、

 

すでに真っ黒に日焼けして、

風に舞うようにアクロポリスを歩きまわっていました。

 

小さい時から日本的なものに惹かれる感性が強かった私は、

ギリシャの歴史も神殿も遠い異国の、

自分には関係のないものと感じていました。

 

ただ、有名な観光地を訪れただけ。

 

「あの時に、すべてが始まっていたなんて・・・。」

 

それまでの私は、

子供は自分の意志で作るものと思っていました。

 

納得のいかない男女の人間関係や、

 

どう考えても

破壊への道を進んでいるように見える経済社会の中で

 

「一生結婚しない、自立して自由に生きよう。」

 

「どう生きたらいいかも見えないこんな状態で

子供なんか産めない。」

 

と思っていたのです。

 

その私が、島々をまわり、

エーゲ海の水と戯れているうちに

「子供は生まれてくるものだ。」とひらめき、

「生みたい!」と思うようになっていました。

 

パートナーの郷田と出会ったのも

エーゲ海のサントリーニ島でした。

 

サントリーニ島はテラ(地球の宇宙名)とも呼ばれ、

海底に沈んだアトランティスの名残とも言われる島です。

はじまり 2/4 私らしく生きたい!
The Beginning 2/4 I Want To Live Like Myself!

27才の私は、

大学卒業後、企画部のチーフデザイナーとして

勤めた会社を辞め、新しい道を模索していました。

 

会社、通勤というシステムは自分には合わないことが

3年でハッキリわかりました。

 

男ばかりで男の論理で運営されている社会には

どうしてもなじめないものがありました。

 

「私らしく生きたい!」

空
私たちは、すでにもう社会ができているところに

ポコッと生まれてきます。

 

すべてが決まっている中に生まれて、

 

「ずいぶん居心地悪い社会だなあ、誰が決めたんだろう、

どうしてこんなに不平等だらけなんだろう・・・・」

 

なんて、子供のころから思っていました。

 

「せっかく生まれてきたんだから生きている間は

自由に、イキイキと、本気になって生きたい。」

 

と、いつもいつも何かを探していました。

 

でも、手に入る情報は、どれも私の求めている答えをくれません。

だから、ずーっと、情報の砂漠の中で立ちすくんでいました。

 

私が小さな頃からずっと知りたかったことは、

 

「人はどこから来て、なぜ生まれて、どう生きたらいいのか」

 

ということです。

 

「なぜ、死んじゃうのに生まれてきたのか」

 

私が死んでいなくなった後も、世界がずっと続いているイメージは

どうしても受け入れがたいものでした。

 

誰も教えてくれませんでした。

大きくなってからもいろいろと調べてはみたけれど、

どうも分からない。

 

歴史を紐解いてみても、野蛮で未開だった時代か、

戦の時代しかなくて、権力者の歴史しかなくて、

人間の暮らしが見えてくる歴史の資料が

みつかりませんでした。

 

私たちを取り巻く環境は日々、悪化するばかりで、

世界のどこを見ても、いつまでたっても権力闘争や戦争がなくならない。

 

「なぜ、人間はこんな歪んだ世の中しか作れないのだろう」と、

人間不信もどんどん深くなっていました。

 

 

When I was twenty-seven, I left the company where I worked as a chief designer in the planning department. This was just after I graduated from college and I was seeking a new direction.

 

After working at the company for three years, it became very clear to me that the corporate system and commuting to work was not congenial with my values.

 

I simply could not adjust myself to a society where only men were managing with men’s logic.

 

“I wanted to live like myself!”

 

We are all born in a society where most everything has been established without any choice from us.

 

I was born into a world where everything had already been decided and since childhood I used to think,

 

“What an uncomfortable society we live in!”
“Who had made these decisions?”
“Why did so many situations in life seem so unfair?”

 

“Since I was born, I have tried to live my life lively and free!”

 

I was curious and searching for something all the time.

 

But none of the information that I discovered gave me any of the answers I had been seeking.
So, I stood rooted to the information desert for long time.

 

What I always wanted to know since childhood was:

 

“Where did human beings come from?”

“Why were we born?”

“How should we live our lives?”

 

“Why were we born even though we are going to die anyway?”

 

I simply could not accept the fact that the world will continue forever after I die and disappear.

 

No one gave me any answers.

Although I looked for them here and there as I grew up, I could not find any answers.

 

I read histories seeking historical references that actually showed people’s lives, but what I found was only about the time when it was barbarous or primitive and not what I was looking for.

 

Our surroundings seem to be just getting worse and worse everyday.

Wherever we look and however long we wait, we cannot find a place where disputes over power and war can end.

 

“Why are human beings so capable of making such a warped world?”

My distrust of humankind became deeper and deeper.

はじまり 1/4 ギリシャで
The Beginning 1/4 In Greece

2004年8月13日、ギリシャ、パルテノン神殿。

三方を山に囲まれ、エーゲ海に向かって

開かれている歴史の首都アテネ、

街の中心にそびえる急峻な崖に囲まれた

高さ150メートルの丘が

パルテノン神殿の建つアクロポリスです。

 

頂上から少し下がったところに泉があり、

そのまわりには石器時代にはすでに

人々が暮らしていたと言われています。

 

午後2時に着岸したピースボートの船「トパーズ号」に

講師としてケニアからモロッコまで乗船した私は、

ピレウス駅から地下鉄に乗り込み

7つ目のモナスティラキ駅からパルテノン神殿へ

向かっていました。

 

アクロポリスへの道は、

土産物店やレストランが賑やかに続いていました。
パルテノン遠景

 

「あれ、こんなところだったっけ?」。

 

張り巡らされたグリーンの金網フェンス、

厳しいチェック、大きな荷物と上着はクロークに、

オリンピック開催中のアテネの観光地は、

フェンスに囲まれ、厳しいチェック

厳重に体格のいいガードマンに守られていました。

アクロポリスは、もともと

民にオリーブの木を贈ったという

ゼウスの娘「豊穣の女神アテナ」の神域、

アテナに捧げられた神殿がかつてあった丘です。

 

修復作業が続いている神殿をあとに、

遠くにそびえるリカヴィトスの丘に惹かれるように

ゼウス神殿跡のデッキに立って、アテネの町を一望に見下ろしていると、

急に不思議な感覚に襲われました。

 

右手が風にそって動く、左手が風を体に運ぶ、

体を風が通り抜ける。

 

足元からすごいエネルギーが入ってくる。

意識と体がみるみる空間に溶けていく。

 

「あっ、はじまりはこの時だったんだ!」

 

1979年の春に、

私がここ同じ場所に立っていた25年前の感覚が

ありありと蘇ってきました。

 

 

On August 13th, 2004, at the Parthenon in Greece

Athens, a historic capital, is surrounded by hills on three sides. The city faces the Aegean Sea on the other side.
In the middle of the city, there is a hill with steep sides.
The hill, which is 150 meters high, is the Acropolis of Athens and is where the Parthenon stood.

There is a spring just off the peak of the hill. It is said that people had been living around the spring since the Stone Age.

In 2004 I was traveling from Kenya to Morocco aboard the Peace Boat, “Topaz”, as a guest lecturer.
The ship arrived in Athens at 2 p.m. on August 13th.
I got off the ship and took a subway from Piraeus to Monastriaki.
Then I walked to the Parthenon.

There were many souvenir shops and restaurants along the busy street on the way to the Acropolis.

“Well, was it like this before?” I wondered.

Everything looked so different from what I had seen around the Parthenon 25 years ago.
The security was tight in all tourist spots in Athens, as the Olympic Games were being held in the city at the time.
I had to check my large luggage and jacket in the cloakroom.
The Parthenon was surrounded by green wire netting fences and watched by muscular security guards.

On the Acropolis, there used to be the temple of Athena. Athena was a daughter of Zeus and “the Goddess of Fertility”.
There was a legend that she had planted an olive tree for the people.

From the temple of the Olympian Zeus behind the Parthenon
I could get a full view of the town and see the Likavitos Hill in the distance.
Then suddenly, I was struck with an indescribable feeling.

My right arm waved as a wind blew.
I stretched my left arm toward the wind.
The wind went through my arms and body.

I felt an enormous energy flowing into my body from the earth.
I also felt as if my mind and body had instantly merged with space.

“Oh, it all started from here at that moment!” I later realized.

I clearly remembered that I had stood right here 25 years ago, in the spring of 1979.

料理がこんなに楽しかったなんて!
I Did Not Know Cooking Could Be Such Fun!

雑穀をすくう手
「つぶつぶ」は、

雑穀が主役の健康でおいしい新感覚のベジタリアン食スタイルを

表す言葉に成長しました。
つぶつぶを掬ったときに伝わってくる

温もりとエネルギー、

大喜びで水を吸い込むつぶつぶ、

ふたを開けたときに顔を包む湯気、

ふっくらとおしくらまんじゅうしながら

炊きあがった輝く粒たち、

 

雑穀料理シーンゆげ

野菜を手にしたときに感じる大地の躍動、

わたしの手の中で形を変えて行く姿、

海のエネルギーを宿した塩を一振り、

鍋の中で、多様な個性がハモって

新しいおいしさが生まれていく過程のワクワク感、
そして、

つぶつぶ雑穀と野菜が鍋の中で出会い、

そして生まれる「いま」「ここ」のおいしさは、

言葉に表せない感動に満ちています。

「料理って、こんなに楽しかったんだ!」

私の手から、

世界で誰も味わったことのない

創作レシピが、次々と生まれていく。

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「なんて幸せ!」

出来上がった料理を

食べると、みんなの

顔がパーッと明るくなって

目が輝きます。

 

その満足そうな笑顔を見ると

また幸せになります。

「あたらしいのに懐かしい!」

「びっくりおいしい!」

と誰もが驚嘆する

はじめてなのに心の奥が懐かしがる

包み込むような味わいの

料理たち、それが「つぶつぶ」。

“Tubu-Tubu” also means a fresh style for preparing healthy, delicious grain-based vegetarian food.

When scooping up Tubu-Tubu traditional grains with your hands,
you can feel their warmth and energy.

Tubu-Tubu grains eagerly absorb water.
And, when lifting the cooking lid, the steamy aroma envelops your face.
After gently dancing together in a simmering pan,
each grain puffs up nicely and shines.

When holding fresh vegetables in your hands,
you can feel the pulse of the earth.
The vegetables change shape in your hands as you cut and dice.
And, when you give one shake of salt that holds the energy of the ocean,
their various characters harmonize with each other
to create new flavors.

You can feel excitement in the process.
Finally,
When Tubu-Tubu grains and vegetables meet in the pan,
they create the delicious immediacy of “here” and “now”.
This is full of inspiration beyond description.
One after another from my hands come creative cuisine and recipes.

“How happy I am!”
Eating a meal that has just been made, means
everyone’s face lights up and their eyes sparkle with joy.
Looking at their satisfying smile,
I am happy.

“It is new but somehow tastes home cooked!”
“Amazingly delicious!”
Tubu-Tubu is cuisines that astonish everyone
and helps them feel at home in spite of their first experience.

雑穀に導かれて
Guided By Grains

「おいしい!」

 

1982年、雑穀のおいしさとの衝撃の出会いをきっかけに、

私の人生は180度転換しました!

 

食の大転換を軸に、暮らし丸ごとの大冒険が

雑穀の探求とともにはじまったのです。

そして、感動に満ちた日々の大冒険は

今も続いています。
「つぶつぶ」は、
個性派揃いの魅力的な雑穀たちに私がつけた愛称です。
雑穀の深いおいしさと食材としての可能性に

すっかり魅せられた私は、

そのころ、雑穀という名前につきまとっていた

ネガティブなイメージを一掃するために

「つぶつぶ」と呼ぶことにしました。

 

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「つぶつぶ」に出会うまでの私は、

真実を求めながらも得られず、

戦争をはじめとする様々な社会の矛盾の前に

「ちっぽけな私が何を思ってもどうにもならない。」と

無力感と諦めの気持ちでいっぱいでした。

 

つぶつぶと出会って、絶望が希望に大転換しました。

価値がないまずいものと思い込んでいた雑穀が

こんなにおいしくて栄養価も高いことを知った時、

私もつぶつぶと同じなのではと思えてきたのです。

 

そう、

「小さな雑穀に大きな生命力が宿っているように、

ちっぽけと思い込んで来た私の中にも

あふれるエネルギーが宿ってるに違いない!」

と閃いたのです。

 

その瞬間、体と心が温かくなり

ぐんぐん膨らんでいました。

 

 

“Delicious!”

When I first tasted traditional grains in 1982,
I was amazed by their flavor and that was the beginning of the 180-degree turn in my life!

This drastic change in my diet and lifestyle began with the study of traditional grains.

This has been a wonderful adventure in my life and still continues today.

“Tubu-Tubu” is the nickname I have given to the many unique and attractive traditional grains I use to this day.

I was totally fascinated by their deep flavor and potential as food ingredients. I named these grains “Tubu-Tubu” to clear negative images associated with them at that time.

Before I tried Tubu-Tubu grains,
I felt so helpless and resigned to not being able to make a difference.
I sought the truth but couldn’t find it.
There were various contradictions in society such as war, but I used to think that
“I am very small and helpless and I can’t do anything to solve these problems.”

Learning the value of Tubu-Tubu grains turned my desperation to hope.

I had misunderstood that traditional grains were worthless and not tasty.
However when I came to learn that traditional grains were delicious and had high nutritional value, I thought I was the same as Tubu-Tubu grains.

An idea flashed into my mind that
“I used to think I was small and helpless.
But the truth is I actually have full energy inside much like a small piece of grain does!”

At that moment, I felt my body become warm and my heart swelled with joy.